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Jack Daniel's
ジャスパー・ニュートン・ダニエル(1846-1911)
ジャック・ダニエルはテネシー州リンカーン群にて
カルとルーシー夫妻の10人兄弟の末っ子として生まれた
ジャックとは愛称である
母ルーシ−はジャックが幼少の頃に亡くなった
その後、カルは再婚したが、継母とジャックはうまくいかなかった
6歳の時には隣人と一緒に住んだがうまくいかなかった
その翌年、ダンとメアリー・ジェーンのコール夫妻の養子に出され
以後、コール夫妻に育てられることになる
養父のダンは変わった経歴の持ち主で
牧師でありながら蒸留酒を製造する業者でもあった
ダンは1859年に蒸留酒製造の事業から足を洗った
それまでのダンは二つの職業のバランスをとるのに大変な苦労をしていたがレディー・ラブという名の福音伝道師の活動に傾倒するようになってからは楽になった
この女性福音伝道師がアルコールは邪悪であると説いたため問題は解決した
13歳のジャック・ダニエルだけが残されたがウィスキー蒸留所の事業主となった
ジャックは若くして良いウイスキーの作り方を熟知していた
数年後、ジャックのウイスキーはセントルイスの世界展示会で世界最高と認められるほどになった
彼の作るウイスキーは、10フィートの木炭でろ過することで
芳醇な香りを作り出している
この工程はジャックの蒸留所で働き続けたアンクル・ニアレスト・グリーンという名の奴隷が開発した
ジャックの人生の転機は南北戦争の時に訪れる
ジャックはアラバマ州ハンツビルの南部同盟軍にウイスキーを密売することで得た資金で、より大きな蒸留所を建てることになる
新しい蒸留所は優れた水を利用することができ、鉄道の便もよいテネシー州リンチバーグにできた
ジャックはアンクル・ニアレストの息子、エリとジョージを雇い蒸留所の管理を任せた
1862年連邦政府は戦争資金を調達するために、蒸留所を登録制とした
ジャックは酒税を支払った最初の登録蒸留業者となった
1895年、ジャックは公明正大さを表現しようと四角いボトルを採用した
スクエアー(Square)には「四角」の他に「公明正大」という意味がある
実際、不遇な少年時代を過ごした人物には珍しく、彼は正直で公正かつ思いやりがあった
彼は多くの人が軽んじていた事業にも携わった
21歳で成功を確信するとそれらしく見えるようにするべきだとジャックは悟った
ある日、普段のボロ着で町に出かけると優美なビジネススーツに身を包み戻ってきた
それ以後、ビジネススーツ以外の彼を人々が目にすることはなかったのである
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